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2006/06/26//Mon * 19:43
●○チーズはどこへ消えた?


チーズはどこへ消えた? チーズはどこへ消えた?
スペンサー ジョンソン (2000/11)
扶桑社

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話題になってから、もうずいぶん経って…今ごろ読みました(笑)。

よくできた本。すべてが教訓。全体のストーリーとしてもそうだし、細部に至るまでがそう。
すべての文が、つねに何かを象徴している。
だから、出てくる場所とかモノとかを他の何かに置き換えれば、誰でも具体的に読むことができる。
よくこれだけ、万人に通じる話を完成させたな、っていう感心をする。
書いていることはぜんぶいいことで、共感もする。正しいと思う。
この本のとおりの行動は、間違いなく実際に人を豊かにさせることだろう。こんなに「正解」ばかりの話なんて、すごい。

以上を踏まえたうえで言えば、わたしはあんまりこの本が好きになれなかった。
まず、この本のもつ姿勢というのだろうか…いかにも、教訓として提示している、というのが。
もちろんこの物語が表しているものには、大きな意味があるし価値もある。
しかしこの本は3部からなっていて、実は主題である「物語」は第2部だけ。1部と3部は、いかにこの本がすばらしいか、
いかにこの本があなたの職場や人生を変えるか…ってことを延々と述べている。
この部分は、なかったほうがよかったのではないかとわたしは思っている。
2部の物語じたいが大きな意味を持っていてインパクトもあるのに、わざわざ最初にお膳立てする必要があるのだろうか。
最後にも、この話を知って本当によかっただとか、本当にその通りだとか、褒め称えすぎて、弁護にさえ聞こえてしまった。
そんなにフォローしなくてもいい話なんだから、って思ってしまった。もちろん本当は弁護でもフォローでもないんだけれど、
なんだかあまりに称えすぎて。だから、まず第1部で「これはすばらしい話ですよ」って提示されたことは、
少なくともわたしにとっては残念なことだった。「これから書く話はとてもいい教訓だから心して読むように!」って言われて、
読んだら言われたとおりいい教訓。それは、なんだか読み手としてはつまらない展開だ。
しかも「象徴的でしかも緻密」な内容だから、そこまで提示されておくと、もう読んでいるうちに“象徴”がうっとおしくなってくる。
象徴的なものって、途中から気づくものだとわたしは思っているから。
「あ、これって、あの象徴だったんだ」とか、「これはなんだか象徴的だなぁ…」とか。
これではもう初めから「これはナニとかナニとかを象徴しています」って教えられてしまっているせいか、逆にうっとおしい。
でも、もしすべて具体的に書き表してしまったら、それはそれで問題だ。具体的なものは人によって違うから。
だから“チーズ”を使ったのは正解だと思う(やっぱり、第2部だけにしたほうがよかった)。

この本は、テキストみたいなもの。
間違ったことはひとつも書いていなくて、求めていることがすべて書かれている教科書。人生のテキスト。
だけど、このテキストを暗記したからって、幸せになれるものじゃない。
要は実際に自分が変わらなくちゃね。第3部では、「この話を読んで自分が変わった」とか、「自分が変われそうな気がするわ」
とかいうフレーズがたくさん出てくるけれど、本当は自分が変わるのはそんなに楽なことじゃないと思う。
きっと、この本を読んで“変わった”人は、この本を読む前からもうすでに“変わりかけていた”人なのだと思う。
だけど、長いこと変われない人が、変わろうとするキッカケには、なるかもしれない。

それから、この本は、日本で書かれたものじゃないけれど、日本じゃゼッタイこの本はできない(笑)!
もしこれとおんなじ話を書く人がいても、出版はなかなかできない気がするし、
話の中でも3部でも、“ヘム”をこれだけボロクソに書く書き方はしなかっただろうと思う。
いい影響力もあるかもしれないけれど、いろいろ“強い”本だから。
濃い味付けの洋食って感じ。なんだか“文化”を感じた本でもあった。
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