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2006/06/26//Mon * 19:16
●○時には父のない子のように(Team申)

このタイトル、好き。
はじめこのタイトルを見たとき、あっ、いいのつけてるな~って思って。
でも、どこか哀愁漂ってるというかちょっと抽象的でしょう?
芝居の内容はお笑い芸人の話、とか書いてあるし
どういう舞台なんだろう?タイトル負けしないのかなぁ・・なんて
余計な心配してました。が、
見事お芝居の雰囲気がこの言葉にぎゅっと凝縮されてました。スバラシイ。

佐藤隆太って、CMとかで流れてたらチャンネルかえちゃうくらい
見かけに関してあまりいい印象を持っていなかったけれど、
今回でイヤじゃなくなったなー。舞台観たおかげ。ありがとう。

驚いたのは演技の自然さ。二人ともに言えることだけど。
舞台で、あんな自然な演技ができるんだねぇ。。
その分、声はちょっとばかり小さめだったかもしれない。
それってどうなんだろ、演技の仕方と関係があるのかな。
ダウンタウンの松本人志が、映画評論してる自身の本の中で、
素に近い演技ほど難しい、って言ってて。
その理由は役者は腹でしゃべるけど素人はのどでしゃべるから、って。
だったら舞台の場合とくに、腹でしゃべりつつ演技は素で、ってなると一番難しいじゃんねぇ。
まあ「素」という言い方が適切かどうかは別にして。

で、ホントよかったわ。この舞台。
うまい。
大きな感動の波がくるとか、そういうんではないが・・。
すごーく自然な流れがあって、会話があって、
その中でところどころに効果的な演出がある。
だから惹きこまれるし、飽き飽きしないのかなぁ。
舞台上に屋上が作られているのではなくて、
屋上がそこにあるって感じがしたなぁ。。。
で、大きな感動というのがない分、
主人公の心の流れっていうのがすごく見える。
せりふがなくても、だよ?
すんごい繊細な表現をやってのけてる佐々木蔵之介ってやっぱすごいかも。
でもきっと、彼だけの力じゃなくて。
空間がそうさせてたり。空気っていうのかな。。
演技で感じさせるだけでなく、
話の流れやそこの空気の感じが心情をいつのまにか語っている。。
たぶん、ビデオで観てもそういうのって感じられないと思う。
もしくは、圧倒的に感じられるものが少なくなるはず。


よくよく考えたら、演技にリアリティがあっても話そのものは
決して日常ではないんだよねぇ。
だってお笑い芸人をやってる人の話だし、1時間半ずっと屋上だし、
「効果的な演出」のひとつと感じた「ノート(観ないとわからないね…ごめんなさい!)」なんて、
普段わたしたちが想像する「ノート」とくらべて意味をもちすぎているし。
けど・・・。
ありそう!
いや、絶対にあるよ、こういう話!
絶対にある。

共感できるんだ。たぶん、多くの人が。
主人公と同じ設定で、同じ思いをしてる人は少ないだろうけど、
いい~っぱい共感できるところがある。
兄弟のこととか、親のこととか、社会的制約とか、夢とか、模索とか。
けど誰もがひっかかるようにキーワードをたくさん入れてるだけの映画なんかもあるみたいだけど
決してそういうんじゃなくて。

あとすっごく稽古を重ねてきた感じがした。
間はたくさんあるのに(これ好きだった)、余地はないんだよね。。
芝居のテンションが下がったり、そういうことで私たちが素に戻っちゃう余地がない。

1時間半、二人芝居、役者の集中力ってものスゴイですな。
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