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2006/06/26//Mon * 19:08
●○触光 -SHOKKO-

 田舎の、小さな劇場で行われたこの公演。
それは「空を食む」「水を巡る」「形を抱える」の3部からなった。
正直に言うと、私にとってそれらはあまり刺激的ではなかった。
しかし、こんな田舎でも、こうして独自の世界を生み、育んでいる人がいるのだということを感じさせた。
今回NYから来たというボブ・エイセンは茶目っ気たっぷりのダンサーだった。
彼は、舞台の上で時間を過ごせば過ごすほど、魅力的に見えた。
ソロの後半、そして一色氏と絡んで以降は更に、彼は自分の世界へ深く入り込んでいったような気がした。
それはすさまじい集中力のように思えた。まるで観客がいるということさえ忘れたようにも見えた。
一色氏においても、第1部の「空を食む」よりも、2部以降のほうがより強い世界観をかもし出していた。
とくに3部の「形を抱える」では、ある程度制限されている中での動きというものが、
より彼女の魅力を引き出していたように思う。

 しかし全体を通して感じたのが、どことない“古さ”である。
出演者3名とも、年齢はかなりのはずだが、やはりそれも関係があるのだろうか。
踊りだけでなく、現代美術においてもそうだった。
瓶の置き方、一つの種類の瓶が占める割合などから、なんとなく古臭さを感じてしまった。
また衣装や現代美術師の立ち振る舞い方については、もう少し考えを練ることはできなかったのだろうか。
それも含め、第1部の「空を食む」においては、踊りも他の作品より形式的な、
単純に典型的なものだったことで、少し飽き飽きさせられてしまった。
ただこの古さが悪いとは思っていない。これが一色氏の世界であり、表現であるのだから。

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