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2006/06/26//Mon * 18:43
●○夏と花火と私の死体


夏と花火と私の死体 夏と花火と私の死体
乙一 (2000/05)
集英社

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死体が一人称というのはとても面白い。
・・と、どこでも述べられているような感想で申し訳ないが、
やはりそこが面白い。

しかもこの少女は9歳であるが、死体となってはもはやただの9歳児ではない。
驚くほど冷静な目を持ち合わせ、
死後まわりで繰り広げられるやりとりを見つめつづける。
いかにも子供らしく高揚することはほとんどなく、
その感受性もまるで一度人生を謳歌しきったような大人びたものである。

死体となってからの一人称はもはや単なる「私」ではなく、
物語の語り手としての役割をもはらむ。
しかし、すべてを知りすぎているというわけでもない。
最も大事な部分は語られすぎない。
そのため最後のドンデン返しは、とても効果的だった。

しかしこの物語、そのドンデン返しにしても、他の演出にしても、
突拍子もなく起こるというわけではない。
かならず前の部分にそれを示唆する部分があるのだ。
まったく、演出に長けている。

仕掛けておいたコマは、かならず後で威力を発揮する。
そんなすばらしい構成であるが、
筆者自身はのちにインタビューでこれらのことを否定している。
それをここで語ると長くなるので、やめておこう。
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