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2006/05/31//Wed * 01:34
●○ドッペルゲンガー

ドッペルゲンガー ドッペルゲンガー
役所広司 (2004/04/23)
アミューズソフトエンタテインメント

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ホラー要素が多く入っていると思っていてはじめは身構えていたのだけど
(ホラー苦手だから)、そうじゃなかった。
ただ最初の入り方はホラーっぽい。
それが観ていくうちに「あれ?」みたいなね。
「え、コント?」と思えば人間ドラマになっていたり。それもよかったかなと。

ひんぱんに感じたことだけど、映像がすごくいい。
ただ廊下を撮っているだけなのに、なにかヒンヤリとした空気が
流れていたりする。それで怖くなっちゃったり、ハラハラしたりね。
もちろん音響効果も絶大なのだろうけれども。
とにかく画面がすごくよかった。印象的だった。
とくに全体にかけて、光にすごくこだわって撮っているのかなぁという
印象を受けた。光の入り方っていうのが、もう絶妙!
光ひとつで場面の印象ってガラリと変わる。それをすごく効果的にやっていた。
ある場面で、画がとくにキレイだったので、なんでだろ?と思ってふと見たら、
ある物に影が映っていた。
その影が画面全体のバランスを取っていることに気がついて。
そんなことまで計算しているのかぁ!スゲーなぁって思った。

内容については・・・これが語れない。いろいろな見方ができる映画だと思う。
どんな見方かといえば、ドッペルゲンガーと本人とがいるけれども、
どちらに自分を重ねて観るのかという点で映画の世界観は変わる。
自分自身がどういうポジションで観るのかということかな。
あと無邪気で残酷なユースケ・サンタマリアの役をどう見るか。
これも観る側に任されている。
突然やってきた何も知らない青年のようにも思えれば、
まるで神のようにすべてを知り尽くしている存在に見える瞬間もある。
たとえば本人がドッペルゲンガーを殺してしまうシーンなんかは、
彼がそう誘導したとしか思えない。
あたかも主人公の運命を操っているかのように。

それから終盤のシーンについても、そこにいるのがドッペルゲンガーなのか
本人なのか、それともどちらでもない存在なのか、いろいろな解釈ができる。
ただどの解釈をしても、決してハッピーエンドではない。
最後まで人が殺されて、殺して、殴って、この先どうなるか分からないのに終わる。
だが不思議と納得ができる。
「こうなんだ」とただ認めることができる終わり方。

見方といえば、もうひとつ。この映画自体をどう見るかっていう点だ。
ブラックユーモアだという見方もできると思う。
私は…、“怖い”映画。ホラーのような怖さではなく、人間の怖さ、醜さ。
ふだん直視しないような醜いところって、きっと誰にでもあるけれども、
ドッペルゲンガーとしてそれが目に見える形で出てきたら直面せずにいられない。
しかも、この話では本当はドッペルゲンガーよりも本人のほうが
醜かったりする。
いや、ドッペルゲンガーと出会って、その存在を否定しようとすることで
ますます醜くなっていく。
無慈悲な、欲のかたまりの人間。
そんな彼の行動を見るのは、たとえ映画といえども辛かった。
自分をすべて知るということは、すごく怖いことだ。
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