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2006/05/31//Wed * 01:31
●○十二人の優しい日本人

12人の優しい日本人 12人の優しい日本人
塩見三省 (2000/10/25)
ジェネオン エンタテインメント

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オープニングがまず好き。あの旋律と、タイトルが日の丸で上がってくるとこなんかがイイ。
笑える箇所は、意外とそんなに多くはない。
誰かが面白いことを言ったりして笑える、というよりは、人間本来の面白さが全面に出ていた気がする。
別に狙ってやっているとかそういうのではなく、なんかちょっとした行動がおかしかったりする。
そういうのは作品全体にかなり仕組まれていた。思えば、人間それが普通だ。
ドラマや映画みたいに洗練された行動なんてしない。
ふだん、みんなどっかで気づかないうちに面白いことをたくさんやっている。
趣味は人間観察、なんて言い出す人も世の中にはいるくらいなのだから。

ある演劇畑の人が言っていた。「芝居をする上で大事なことは、
ふだん無意識のうちにしていることを意識化してどれだけ演じられるか、ということだ」と。
たとえばここにひとつのコップがあると想定して、熱いお茶を飲む演技をする。
それだけでも、私のような素人にはなかなかうまくいかない。
コップが想定上のものになってしまうだけで、
ふだんお茶を飲むためにしている“無意識”の行動がうまくいかなくなる。
コップを見る、コップを持つ、コップを口に近づける、
湯気などから温度を察する、息で冷ます、飲む、コップを置く、といった一連の動作。
あまりにふだん意識しない行動であるから、それを演じるのは難しい。

しかしそれをやってのけてしまうのが役者だ。
この「12人の日本人たち」は、一見しただけでも皆個性がばらばらだ。
一見まともな熱弁男、いつまでも少女気分の5歳児母親、ジョークもわかるおじさん歯科医、
人のいいタジタジおやじ、やたらと話を進めたがる男、派手な服の役者、
鼻血を出す同情オバサン、主張はしないが確固たる考えを持つ陪審員、仕事第一のサラリーマン、
結婚相手が見つからず卑屈になる男、パフェと酒好きな情緒不安定男、手帳に何でも書き留める自称理論家...
とにかく、12人とも生きてきた世界がちがう。生活背景が違うのだ。
生活背景が違うということは、もちろん同じようにお茶を飲むだけでもその飲み方に違いが出るということだ。
もっと幅のある「何を飲みますか」からはじめると、
オーダーの仕方からセレクトからその後の行動まで、何から何まで違う。
見ていると、どうにもこうにも面白い。
とりたててクローズアップされないような、一連の行動こそが面白いのだ。
もしあなたが一度この作品を観て無駄の多い映画だと感じたなら、ぜひ二度目を観てほしい。
するとすべてのつじつまが合い、無駄どころか少しの余分もない作品だときっと思い直すことだろう。
映画のキャラクターといえども、一人ひとりにそれぞれの家族があり、家があり、生活がある。
それが見て取れる。きちんとキャラクターが生きている。

また、彼らの関わり合いというのも面白い。
これは例を挙げていたらきりがない。
なぜならこれそのものが密室で12人が会話しあうというストーリー、つまり、
彼らのやりとりこそがドラマのすべてであるからだ。
つまり、すべてが面白い。おのずと、こういう結論になってしまった。

ちなみに私はこの映画のモチーフになった「12人の怒れる男」のほうを先に見ていたのだが、
「あの作品を三谷幸喜がどうイジっているんだろう?」と思っていたら、
とんだ間違いだった。イジるもなにも、アレンジもなにも、まったく別モノの作品だ。
同じ目線で見てはいけない・・。
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