--/--/--//-- * --:--
●○スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



2014/01/14//Tue * 10:41
●○夜更かしの女たち(直人と倉持の会)

予備知識なしで行った。
舞台は電車の駅。
線路を挟んだ片側に待合室があり、もう片側は外になっている。
一幕は待合室で、二幕は外で、それぞれ芝居が繰り広げられるが、これらは同時進行しているものとして演じられる。
つまり一幕では出てこなかった会話が二幕で初めて観客に伝わり、全貌が見えてくる。
芝居の中の時間経過を二度繰り返し、一幕二幕とどちらも観てから観客は話の全てを理解する。

といっても大きな謎が仕掛けられているわけでもない。
一幕で話が見えてこないもどかしさもさほど感じないし、二幕で全貌が見えたからといってため息の出るような展開でもない。

至って「普通」の芝居である。
かつての同級生たちが集まり、話は15年前に自殺した友人の話へ―
という、会話劇としては充分にドラマティックな設定なのであるが、全体として話に引き込まれる要素がない。
あまりにも普通なのである。

芝居には必ずしも派手な演出や効果が必要だとは思わない。
日常を切り取り淡々と描かれるものもまた、良いだろう。
しかしそれは単に切り取っただけではいけない。それでは観客はただの傍聴人である。淡々とした芝居であっても、観客をその世界観の中に引き込むよう工夫がなされるべきだ。おとなしい芝居の場合、それは役の心情の描写であると思う。普通では見えてこない役の生きざまや葛藤などが手に取るようにあらわになることで、私たちは舞台に引き込まれる。

しかしこの舞台にはそれがない。
自殺した同級生がテーマになっているが、ミステリー要素はほとんど無い。かなり普通の会話劇である。
かといって、役それぞれの思いもただの会話としてしか伝わらない。会話の裏にある心情まで見えてこない。役者の演技は上手いのだが、みな正統派だからか、それぞれの性格の違いが伝わって来ない。

全く予備知識のない状態での観劇だったが、そのあとでサイトを見てから「これは悪役扱いだったのか」と知った。それほど、悪役と書かれていても悪くも見えず、皆の個性が埋没していた。
予備知識を得てから観れば良かったのかもしれないが、良い芝居はそれなしでも楽しめるものだと考えている。

とは言っても、役者たちの安定した演技、とくに風吹ジュンさんの演技は見事だった。


スポンサーサイト

[TOP] next >>
copyright (C) 2006 呟き、緑茶を片手に/// all rights reserved. [ template by *mami ]
//
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。